2017年7月15日土曜日

【書評】河童【芥川龍之介】

【河童】1927年発行
【作者:芥川龍之介】

芥川龍之介の自殺、その同年に書かれた作品。どことなく面白可笑しい雰囲気を持っていますが、その実、人間社会、いや人間そのものを寓話的に、痛烈に批判している。物語の語り部は"河童の国に迷い込んでいたと言う精神病患者"です。


あらすじ

或精神病者はこう語る。3年前のある日、登山の途中で彼は河童に出会った。その河童を追いかけているうちに河童の国に迷い込んでしまう。そこは、すべてが人間社会とは真逆で、雌の河童が雄を追いかけ、出産時には胎児に河童の生活について聞かせ、胎児に産まれたいかどうかを問う。胎児が生まれたくないと答えれば即時に中絶が合法的になされる。資本主義者のゲエルは新機械の発明で職工が次々解雇されるが、罷業や社会問題が起きない理由として『職工屠殺法』を挙げ、ガスで安楽死させられた河童の肉を食用にすると言う。唖然とする精神病患者に、「あなたの母国でも第4階級(最貧層)の女性が売春を余儀なくさせられているのだから、食用を厭うのは感傷主義だ」と言い放ち、河童の肉で作られたサンドウィッチを差し出す。哲学者のマッグは『阿呆の言葉』(芥川龍之介自身の『侏儒の言葉』や『或阿呆の一生』の表題のパロディーと考えられる)という警句的著作で「阿呆はいつも自分以外のものを阿呆と考えている。」、「我々は人間より不幸である。人間は河童ほど進化していない。」といった警句を記す。後に詩人のトックは自殺を果たすが、死後に交霊術により現れ、様々な質問に答え、自分の死後の名声を気にかける。中でもハインリヒ・フォン・クライストやワイニンゲルのような自殺者を友人として称賛するが、自殺はしていないがそれを擁護したモンテーニュは評価する。しかし、厭世主義者のショーペンハウエルとは交友しないという。人間の世界に戻った彼は、河童を人間より「清潔な存在」と振り返り懐かしみ、対人恐怖が一層激化することになる。


河童の国っていうのはどうやら人間社会とは真逆のシステムで成り立っています。特に不気味なのが、"胎児に河童の世界のことを聞かせ、生まれたくないというなら合法的に中絶する"という部分。人間を始め汎ゆる生物は自分の意志で生まれることは出来ませんよね。しかし河童の国ではそれを選ぶことが出来るのです。

精神患者である語り部は河童社会こそ理想的なものであると思い、結局人間社会では精神患者の烙印を押され収容されてしまうのです。


さて、冒頭でも述べましたがこの作品は芥川龍之介が自殺した年に発表されました。僕にはどうしてもこの"河童の国"が芥川龍之介の考える至上の世界であるかのように思えてなりません。特に「或阿呆の一生」などを読んでいれば尚更。晩年の芥川龍之介を解き明かしうる作品の一つと言えるでしょう。僕からは以上です。

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