2017年9月30日土曜日
【雑筆】雑筆の次第とSNS
芥川龍之介を始め作家というものには作品が、小説が、戯作が存在します。何度も何度も推敲し反芻し言葉の一つ一つにまで拘った作品。けれど彼らのうちには少なからず『雑筆』と呼ばれるものが存在します。
【雑筆】………種々多様でとりとめもない手記、文章。
今貴様らがたが読んでるこれのことですな。このしょうもない文章を御覧なさい、こんなものはチラシの裏にでも書くべきだ。便所の落書きだ!でも本当に便所の落書きだとしたら、本当に無意味なものならば、何故Facebookを始めとしたSNSが流行るのでしょう?
僕はこの謎を解くためにツイッターを始めました。嘘です。けれど長くSNSを使っていると少しずつわかりかけてきました。本当です。フォローした人が好き勝手にしょうもないことやとりとめもないことを呟いているそれこそがツイッターの本質。Facebookは日記のようなものですが……ある意味でとりとめもない。それには変わりありません。
僕は雑筆を庭先の猫と捉え了解しています。対して大作、作品は……なんだろう、動物園の獅子とか。例えの才能がない。
要は雑筆は僕らにとっても身近なモノなのです。僕は芥川龍之介が大好きなのでもっと彼を知りたく成ります。作品から推し量ることも可能ですが、彼の雑筆、日記、手記などから読み取るほうが簡単で正確です。彼の人となり、人間性が見えるのです。地獄変のように神々しくもないそれがどうにも猫のように愛おしいのです。愛おしいよな?愛おしい。愛おしいと言え。
SNSはどうでしょう?古くはmixi、モバゲー、今やツイッター、Facebook。これらが雑筆とするならば、作品は投稿サイトでしょうか。作品は作家から生まれますが、作家は作家である以前に生活者。ある意味で生生しく平凡で質素な生活があります。そんな生活者、一人間が垣間見える雑筆が僕は好きなのです。
……さっきSNSは雑筆のようにしょうもない文章を人が求めているから成り立つみたいな言い方をしましたが今思えばみんながみんな平等に持ちうる自己顕示欲の連鎖がそれを成り立たせてるんじゃねぇかと今思いました。そしてそれによって僕のこの記事は意味を失い死にました。雑筆以下の雑筆、クソ以下のクソは僕というクソから生まれたのだった。僕からは以上。
2017年9月29日金曜日
【雑筆】無職とファッションの話をしよう
僕は古着屋とユニクロのダブルパンチの激安ファッションです。髪はずうっと美容院で、靴はそこそこ高いものですが。たまに古着屋は……なんて言う人がいますが、僕は言ってやりたい。そいつはすげぇやってな。
なかなか本題に入りませんね。本題は『せめて格好くらいは好印象に保とう』です。ずいぶん強引な持って行き方だな。僕は前述の通り履歴書に書くことがない人生ですが、だからと言ってダサい格好をしていい理由はありません。僕も嫌ですし、隣を歩く人、僕を見る人も嫌でしょうから。
が、何故か巷にはお前嘘だろ?というような格好の人がいます。"センスいいと思ってるかもしれないけどそれダサいよ系"と、"そもそも興味がないからお母さんに買ってきてもらってる系"のふたつ。大体はね。前者はまだ結果はどうあれポジティブですから問題ないです。失敗してるかもしれませんが挑戦してますから。けれど後者はいけません。格好に気を遣わないということは自分を客観視して評価出来ていないということになるし、なにより格好で"私はダサいです"と言ってしまっているのです。これでは損ですよね。そういう人に限って「俺は顔が悪いから…」とかいう言い訳以下の言い訳をしてきます。ネガティブなうえ自己評価も低くさらにダサいんじゃあ大損ですわ。
僕の啓蒙したいことはつまりせめていい格好くらいはしとけば得だよねってことです。たとえば僕は痛々しい人種なのでゲームや映画、ドラマからファッションの影響を受けてます。Watch dogsとかアサシンクリードとか。映画は禁酒法時代の映画に影響を受けてますな、アジア人の若造なので似合わないけど。
色はどうでしょう、オタクと言えばオタクブラック……すなわち黒です。黒は孤立、プライドなどを印象づけます。黒は赤や青などと組み合わせるといい感じですね、黄色と合わせればDIOです。オタク的見た目に黒が合わさり最強に見えますが、これはもう破滅的にダサいので個人的には逮捕してほしいくらい。白や青、赤などで清涼感を見せつけていこう。誰に?
そんなわけで無職とファッションのコーナーでした。ていうかお前そもそも女装だろみたいな声は無視しつつ、せっかくならいい格好して得をしようって話……まぁマネキンと同じ格好にしても、雑誌そのままの格好しても似合わなかったりしますけどね。結局は顔なんだよ。神は死んだ!僕からは以上!
2017年9月26日火曜日
【雑筆】ブログタイトルを考えるとか
このブログはもはや意識高い系読書感想文ではない!意識高い系読書感想文は死んだんだ。浄化の炎に焼かれ天に召されたんだ。というかただ単純に本のレビューだけじゃ行き詰まるのでそれいがいのこともやりたい、けれどこのタイトルが足を引っ張る、だから変えたいっていうそういったわけです。全面的に俺の不手際!
サスペンスモノのタイトルで「○○」といったようなむつかしい単語でバシっと決まったものがあったりします。これはなんかかっこいいですね。でもブログタイトルにしてはカッコつけ過ぎな気がする。却下。
ラノベやドラマのタイトルで「~が○○してどうしたこうしたでなんだ」みたいなクソだっせぇ身の毛もよだつ薄ら寒い最低のタイトルがあります。これはもうクソ未満のクソだ、クソから生まれたクソだ、この星のものじゃない。人類史上の汚点だね。タイトルってのは短くその作品を表しまたインパクトがなければいけません。「罪と罰」、「或阿呆の一生」、「ゴッド・ファーザー」、「成金」…………おお、ブラボー……。象徴的で美しい。ここがダラダラダラダラダラダラダラダラ冗長だと誰かとそのことを話す時タイトルが足を引っ張って無意識に脳がその話を好まなくなる。略してもいいですがそれなら最初から短いほうがいいです。僕はこの"長いタイトル"というものは頭が悪い人に向けられたありがたい手ほどきだと思ってます。長いタイトルで説明しないとどんな作品なのかわかってもらえないから、わからないから、だんだんタイトルが長くなる。そして僕の記事もこうして長くなる。クソが!なんだっけ、却下。
英語タイトルは?中1の頃書いてたFC2ブログを思い出すので却下。
ドイツ語タイトル?もう痛々しさの権化だろ却下。
僕の好きな本に三島由紀夫の「不道徳教育講座」があります。タイトルも含めて好きです何故ならば!教育講座なのに不道徳。一見どういうことだ?と。そして目次であら納得。刺激的な講義内容がびっちりです。こういうのがいいんだよこういうのが。意識高い系読書感想文もそう悪くは……いや悪いか?そこそこだな。共通点がわかるか?どちらも(単語)+(単語)だ。これはいい。そんなに気取ってもないしわかりにくいってわけでもない。
ていうか決まらないまま0時過ぎちゃいました。もう寝て起きたら考えます。僕からは以上!あったかくして寝ろよ~~~~
2017年9月24日日曜日
【雑筆】テレビつまらんとか
少し前はとりあえずテレビつまらんとか観てないって言っておけばなんか少しかっこよく見えたりしたものですが、今はもう誰がどう観てもつまらないし誰も彼もそれに気づいてるのでこの手法は廃れました。盛者必衰です。テレビもそうです。
というのも、夕飯時は家族の会話が皆無のお通夜なのでうちではテレビをつけてます。けど、いつつけても海外びっくり動画垂れ流し、動物動画垂れ流し(身の毛もよだつ吹き替えつき)、日本賛美外国人番組(皮肉も翻訳で賛美に変えるぞ!)、ラノベばりにタイトル長いワーギャー喚くドラマ、安倍朝鮮ニュース。もはやデビルマソだ。
テレビはコンプライアンス(規制)、BPO(放送倫理・番組向上機構)によるヤスリがけ、視聴者様からの要望などなど。どうにか反感を買わず誰が観ても不快にならずのっぺりとした退屈な番組を作らざるをえない状況なのです。昔はおっぱいとかぺろーんって出してましたし、過激なこともたくさんやってました。別にそれがいいと思うわけじゃありませんが。
プライムビデオオリジナル作品のドキュメンタル、AbemaTVの日村がゆくなどを観てるとあまりに面白いんでやっぱテレビってゴミだわと思います。春日の包皮の中におもちゃ入れて自然に出てくるのを眺めたり、日村がすぐ全裸になったりローション特集したりオネェのガチ情報流してみたり。まぁこれはテレビじゃ無理だなと観てて思いますが、多分それが同時にテレビの限界なんでしょう。
視聴者が馬鹿ってのも在ると思います。全員が全員面白いと感じる番組を作るのは不可能ですが、多数派のアホ向けに作らなければ話題性もクソもありません。クソですが、F1層に媚びる以外に手段はないのです。それだけが縋れる蜘蛛の糸なのだから。千切れますけど。
そんなわけで、テレビがつまらないと感じるのと実際つまらないのには理由があります。ネットの影響がどうこうなんて言う人もいますが、莫大な制作費と放送権という最強のカードを持ってて利用もせず目の敵にしてる限り泥濘から抜け出すことはできないのです。おっぱい出せばいいのに。
そんなわけで今回は以上です。ほぼテレビへの不満と動物吹き替えへの嫌悪記事でした。アベマとかプライムビデオは普通にけっこう面白いです。よかったら是非。僕からは以上!
2017年9月23日土曜日
【雑筆】デビルマン~エピローグ~
デビルマソを観た後、何作かあるデビルマンのOVAを観ました。神作画だったり神演技だったりでもうそれは最高でした。デビルマンって本当最高ですね。デビルマソを観た後はなんらかの形でいいデビルマンを観ないとデビルマンそのものに失礼なんじゃないかとすら思います。
それくらいデビルマソは冒涜的ゴミでした。クソです。デビルマンOVA、ならびに地上波アニメ、漫画はどれもデビルマンを愛しどうにかその世界観、素晴らしさを表現しようとしていることが観ていてわかります。愛です。
けれどデビルマソはそもそもスタッフ全員のやる気がなかったこと、監督や東映の癒着、撮影班全員スベるとわかってたなどの裏話を聞くと更に怒りの炎、こちら業火となりて……。
実写化にしろ再アニメ化、など原作ありきのものはやはり愛なくしてなりえないと思うのです。原作とは違うけど、原作のこのニュアンスを重点してみました!とか、ちょっとニュアンスを変えて別視点で描いてみました!とか、大いに結構。ファンが多少文句を言ったっていいんです。その作品を知らなかった人が楽しんでればきっと御の字なのです。
本当の悲劇はこのクソ映画だ。やはり腹の虫が収まらねぇ!俺が許してもこのキーボードが許すかな!マジで予算の10億はどこに消えたんだ?監督のビールに消えたんじゃねぇのか?CGで10億使ったからこんな出来になりましたならまぁわかる。けれどそれじゃあのクソ脚本に納得がいかねぇよなぁ!脚本がよかったとしてもあの主演を抜擢したのは何故だ?!なぜ演技指導をしなかった?!言い訳のしようがない絶望的クソ液バターのオンパレードだ!自殺志願者は死ぬ前にこの映画を観るべきだ、今から墜ちる地獄がそこに広がってんだからな!悪魔的クソ映画だ!サタンも泣き出すぜ!イエスですら石を投げるだろう。
脚本をよくしても演技がゴミだから意味が無いんだ。演技をよくしても脚本がゴミだから意味が無いんだ。もうとにかく全面的にどの角度から見てもクソだから手の施しようがないんだよ!今日はこのくらいにしとくか!がっでむ!
OVAの出来は素晴らしいものでした。シレーヌ戦を長く濃密に描き、明の描写変化(人間の時はジブリレベルの優しいタッチ、デビルマンとなったら別人がごとく顔)、アモンを中心に据えた意欲作。どれもデビルマンの名を冠すに相応しい作品で俺の中に芽生えた烈火の怒りを見事に鎮めてくれた。そして他のデビルマン作品に触れれば触れるほど思い知らされる。これはゴミで、デビルマンの名を冠すことすら犯罪的で、この作品が誕生してしまった全ての事柄、事象を僕は呪い続けるだろう。
本当はデビルマンってどんなものなんだろう?って興味を持った方は、OVARIESやアニメ版、原作他漫画版をお楽しみください!
えっと、今回はそんだけです。僕からは以上
【雑筆】ガチャといふもの
本当にあった実験かどうかなんて知ったことではないのですが、人間と遺伝子的にかなり近い猿でも賭博というものに狂うほどの射幸心はあるということです。
けど、人間には理性や抑制性がありますから、賭博で散財なんてするはずがありませんよね。だってそれじゃ猿かそれ以下の知能しかない単細胞生物に過ぎんのですから。
言葉の節々に無職の棘があるのは僕が経営学部出身でガチャ商法というものを心から軽蔑し侮蔑しここで侮辱したいからです。日本人は世界的に見ても(意識高い系が好むワードで、日本を下げるか海外を上げる時に使う)ソーシャルゲームへの課金額が極めて高い……どころかぶっちぎりです。
課金するのは例えば魔法石だとかなんだとか、そういう"ゲームを有利に進められるモノ"です。これを消費することでガチャガチャ中毒者が一喜一憂したり、スタミナ(クールタイムのようなもので、これがあると連続で何時間もプレイできない)を回復したり……他にも色々と使えるソーシャルゲームの核足り得る概念です。
では、ガチャで得られるキャラクターをとびっきりかわいく、或いはかっこよく、或いはセクシーに、或いは……このように他に大した趣味もないようなオタクが好むキャラクターを無尽蔵に生成しましょう。イラストはイラストレーターに丸投げ。名前?神話とか偉人から取ればいいでしょ。
まだ魅力が弱いな。そうだ、原作を用意しよう。昔からあるゲーム、漫画、アニメ、なんでもいい。世界観なんかなぞる程度で、とにかく集客するんだ。ソーシャル(社会的)ゲームなんだから、とにかくツイッターなどのSNSで拡散されるようにビッグタイトルを使おう。
家畜の肉を切り捌いた屑肉で儲けたら、今度はメディア進出だ。アニメ?漫画?なんでもいい。とにかく膨大に、巨大に、長く、オタクから毟れるだけ毟るんだ。他に趣味もないんだから。せかせか働いて電車で死んだ目をスマホに向けて課金、課金だ。俺達はたまに会議でもして、ビールでも飲もうか。
……商売というのは難しいものです。物を売って利益を得るためにはどうすればいいか、世界中で議論され論議されています。法の壁や騙されてくれない顧客もあって、簡単ではないのです。でもどうでしょう、この国ではガシャポンが溢れ抽選がありおみくじ、お祭りでは景品で釣るくじもあります。ああ、北朝鮮の軍資金をバンバン送り続けるパチンコやスロットもありましたね。海外では違法に成り得ることも日本ではやりほうだいなので、こうやって簡単な算数以下の数式でオタクから搾取出来るのです。
なんでこんなことを書くのかというと、僕のガチャというものへの嫌悪が愈限界に近づいてきたからです。賭博には中毒性があります。マリファナも、LSDも。麻薬の売人は許せませんよね?人を中毒状態にし、支配し、魅了することで搾取するのですから。僕はそれと同じ論理でガチャを侮蔑し侮辱し軽蔑し冒涜します。
では"確率でアイテムが手に入るゲーム"は?僕の大好きなゲーム、モンスターハンターは、モンスターを狩り、手に入れた素材で武具を作ります。その素材の中にはレア素材というものがあり、他の素材と同じく確率で手に入ります。お前も似たようなことやってんじゃん!と思われるかもしれませんが、違います。「素材」とう目的を達成するために、「ゲームをプレイ」します。これには時間がかかるし、成功したり失敗したりもします。ガチャは、「キャラクターを入手」するために、「金」を払います。違いがわかりますか?前者が素材だけが目的に見えますが、どちらかといえば過程に楽しみがあります。ゲームですから、当然ですね。けれど後者にはプロセスがありません。過程は金ですっ飛ばしてます。ジョジョのラスボスみたいですね。けれどこんなものが「ゲーム」を名乗ってるのだから、ゲームの進化とともに育ってきた僕には耐え難い屈辱です。こんなものはサタンでも遊ばないだろう、たとえこの身を捧げようとも。
別にわかってほしかったわけではないですが、わかっていただけたでしょうか?僕のガチャを憎む理由と意味と意義を。最近でもガワとシステムを変えただけのパズドラシステムゲームが無限に乱立してて驚きました。そしてオタクが寄ってたかって楽しんでるのを見て更に驚きました。そして何も楽しめない自分を見て更に驚きました。
こんな文章はバッファローのクソにも満たないクソです。自虐で〆てしまったのでちょっと落ち込んでます。でも何故、何故人は無料ソシャゲの根本が中毒患者から搾り取る綿密に仕掛けられた罠だということに気づかないのか僕には不思議でなりません。このゲームは何故無料なのか?どうやって儲けるつもりなのか?と思わんのでしょうか。もうこれ以上書くと地下室の手記並に悲壮感漂うので終わりにします。せいぜい水面で餌に食いつき釣られる魚を肴に楽しむことにします。僕からは以上。
2017年9月22日金曜日
【雑筆】事前検診終わりましたとか
事前検診が割に早く終わりました。前回は2日目にもつれ込んだので不安でしたがあまり検査項目がなかったようで。血を大量に取られて検尿、検便、検便、検便などをして終わり。検便ってクソをドバーっと出して頻繁に掬い取ってクソまみれで提出するのかと思ってましたがちょいとした棒にねちゃりねちゃりとふんだんにこすりつけてこれあげる~って渡しておしまい。あんまり自分のクソをじっくり観ることがなかったので新鮮でした。別に新鮮じゃねぇわ
どちらかと言えば検診よりも乳首をかみそりで切ってしまったり、歯ブラシが歯茎にゴリャっといって傷になったことのほうが印象深いそんな検診でした。なんかある日に限って体調崩したりケガしたりしませんか?くそったれ!神は死んだ!
そんなこんなでそんなこんなな日でした。後日検査結果が出て合否がわかるのでこの話はまたその時に。僕からは以上!
2017年9月20日水曜日
【雑筆】治験明日でした~読書とか
本を読む時、出来ればレトリック(意識高い系が好むワードで、修辞技法のこと)や筆致から何かを自分の中に取り入れたいと思うので、ただ教科書的な本を読んでるとそんなに吸収する部分がなくただ事実のみ受け入れていくだけなので大してモチベーションが沸かない今日このごろ。事実が知りたいだけならググればいいんじゃね?しかも本だと情報を得られるまで遅いし……なんて元も子もないもこもこないことを思ってみたり。
じゃあ古い本は時代遅れか?というと別にそうではなくて、不変の人間性を鋭く描いていたり、なんか、なんか、そういう、色褪せぬあれがなんかある本は昔から愛されてるのです。なんだこの語彙は?
「2001年宇宙の旅」でも思いましたが、なんでこの時代でこんな表現ができるんだ?と思う映画には感動します。今の技術なら簡単なことでも、当時はものすごい時間と労力をかけて成し遂げられたと思うとロマンありけり。古代ギリシアで書かれた書物でも、なんでこの時代でそんなことをもうわかってんの?と思うことが多々あるわけで、そういう時に僕は感動したりしなかったりします。
レトロ映画でもそうですね。カリガリ博士、吸血鬼ドラキュラ……それからクレイアニメーションを用いたあのへんの映画などなど。CGよりも何か愛おしいものです。実体があるから生々しいのもいいですね。新しいものが絶対にいいとは限らんのです。
なんか中身の無さに自分でも驚く内容でしたが今回はこんな感じで。もうちょっと突き詰めて古いものに惹かれる理由を紐解いてみたいと思いますがこの言い方だと多分しないやつです。僕からは以上です。
2017年9月19日火曜日
【雑筆】ドラマっていいよねとか
リビングにパソコンがあるので僕は四六時中リビングのリビングデッドだったりします。イヤホンを貫通しておふくろの観てるドラマの音声が聞こえるんですが、それがどうも辟易とするものなのでちょっと聞いてよ。口調が安定しない。
っていうのも、やたらと怒鳴り、やたらと泣き、やたらと迫真めいた演技が多く感じのです。いよいよラノベタイトルみたいなドラマタイトルになってきたり、得るもの皆無な夢小説みたいな内容だったり、いつもおんなじイケメンと美女とされる事務所の売り出したい人間が俳優の真似をしてみたり、この一節失礼どころではなかったり。
個人的に分析してみたところ、妙に感情的になってみせるのが名演技とされるのは、感情表現の歪な人間が多いからで、ドラマの世界で観るそれはどうも美化されて観えるようです。おかあさんとはなしてた。
じゃあ世界のドラマってのはどうなの?って話。僕はメンタリストやプリズンブレイクが好きなので、こうやって日本のドラマは~~みたいに偉そうな態度に出るのですね。さすがに比べるものが比べるものですが、日本と比べるとやっぱり落差があるかなあと。
っていうのも、実は日本と海外(ていうかアメリカ)では制作費が全然違います。アメリカはネット配信やDVD化を見据えて制作されているので映画並のクォリティを持っています。日本のは……日本国内の特に主婦層程度が商圏なのでその程度であるということです。今思い出しましたが韓流ドラマもけっこう面白かったです。トンイとかさ。
なので、僕が日本のドラマは合わないなあと思うのは、制作費が海外とは違うのとそもそも僕向けに作られてないってのと、僕の感性が死んでるってのと、その他もろもろetcなのです。スマホポチポチしながら観ることはありましたけどね、33分探偵とか、SPとか。
なんかやっぱりクソの役にも立たない記事ですがそれぐらいのほうが気楽でいいんじゃないかとも思う。俺は俺よ。アイアムアイ、ユーアーユー。僕からは以上。
【雑筆】懲りずに治験とか
2017年9月18日月曜日
【映画】デビルマンを観た【怒りのレビュー】
そんなわけでそこそこ興味が行動原理になりがちなクソ顔面の僕こと僕ですが、つい最近とても興味不快(深い)映画を観たので紹介します。
かっこいいポスターだな。でも謳い文句に不備がある。"伝説の原作、完全実写化"じゃない。『神作品に"デーモンクソ"をぶっかけた』だ!!!!!!
このゴミの名は『デビルマソ』。いいか、デビルマンじゃない。デビルマンといえば知らない人はいないだろう、説明不要の伝説的作品だ。ショタ時分あれはトラウマになったが素晴らしい作品だと思う。だがこれはクソで、デビルマンの名を騙る詐欺行為そのものだ。人類文明、文化、映画、作品と呼ばれる全てにクソを投げつける史上最低のクソ映画なんだ。
前情報として実写映画としては最低レベルの作品だということ(ドラゴンボールやトランスフォーマーと共によく聞くだろ?)。10億円の制作費に対し5億の売り上げが限界だったということ(参考までに実写映画でペイしない例はほとんどない、特に日本なら)。いわゆるサメ映画とか、そういうB級パニックホラーなんかとは毛色の違う、粘着系毒素を含んでることは僕にもわかっていた。
でも、アマゾンプライムビデオでこの映画の無料視聴期間が今月で終わってしまう(むしろ永遠に封印してほしいが)ので、せっかくだからと観たわけだ。やめておけばよかった。自ら肥溜めに飛び込むなんて馬鹿げてるだろ?それでも、"デビルマンの実写化"という謳い文句に乗せられるのも悪くないと思った。騙されてるうちが一番幸せだったのかもしれない。
デビルマンを知らない人のために少し解説しておく。70年代に描かれた漫画で、衝撃的な描写やシリアスでダークな作風は今なお多くのファンを魅了している。
大まかに言うと、デビルマンはデーモンとなった主人公が人間を守るために悪魔と戦うと言った感じ。だがその人間でさえも人間を悪魔と思い込み、ついには悪魔狩りと称して仲間割れをし始め、主人公の大切な人でさえ人間に殺されてしまう。人間に絶望しかけた主人公はそれでも人の心を宿すデーモン、デビルマンとして戦う……って感じの作品だ。言葉にするのが難しいくらい素晴らしい作品だが、雰囲気はとても陰鬱で目を背けたくなるようなシーンも多い。
だがこの『デビルマソ』は違う。まず、監督はビールを飲みすぎたので正常な判断ができず、主役には一切演技経験のない双子を抜擢した。ここが第一のクソだ。主演曰く「ドラマとか映画をよく観るから演技はできると思う」「自己採点では1000点」と大した自信を見せた。そして映画では超ド級、空前絶後の悪魔的演技を魅せた。以下はそのほんの一部だ。
「うあー。おれー、デーモンになっちゃったよー。」
「ほわ~~~~~~~ん!(意味不明)」
「ほろびるのはおまえだー、で↑ーもん↓」
「アー。ウアー、アアー!アーアア!(悲鳴)」
「オマエヲコロス(小声)」
こんな具合である。今日来日したフィリピン人でももう少し上手いと思う。
仮面ライダーブレイドを知ってるか?オンドゥルルラギッタンディスカー!という台詞がある。本当に裏切ったんですか!と言ってるんだが、どうもカタカナにすると収まりがいいという変わった発声なのだ。棒演技とかって、文字に起こす時はそうやって半角カナにするだろ?だがこの主演に限っては全てが半角カナでいい。いや、文字に起こす意味も意義もない。なんならこんな記事書くよりも眉毛を整えたり鼻毛を抜いたりしたい。そうやって面白おかしくネタにすることすら憚られるほどのデーモン演技なんだ。
とにかく主演の演技が前代未聞の事態なので、開幕数分はだいぶ腹筋が鍛えられる。だがこの映画は2時間たっぷりあるので、だんだんとこの演技にも苛立ってくる。そして見えてくるのは脚本のクソっぷりだ。
脚本は全体的に原作デビルマンをなぞろうとはしているが、名シーンっぽいところはダイジェスト形式、あるいはナレーションの一言で済ます。めっちゃ苦戦してた戦闘もこの映画じゃ一撃だぜ。説明もほとんど「悪魔だからじゃね?」みたいな学生のノリで済ます。
なんとか見せかけで原作をなぞっているように見せかけるが、なぜこうなったのか。などの因果関係はもうめちゃくちゃだ。俺の中2ノートレベルだ。それ以下だ。感覚としてはコマ送りの早送りで映画を観てる感覚に近い。
終始主演のゴミ演技で拷問の濁流を受け止め、なんとか終盤にたどり着くも嫌な点が目につく。カメオ出演だ。
カメオ出演ってのはなんでもない役に超大物を使ったりしてウケをいただこうとする、監督としては三流以下の発想である。しかもさっき言ったがこれはデビルマンだ。ふざけていい作品じゃないんだよ。なのに謎のボブサップ、小錦、小林幸子の出演で俺の身体はボロボロだ。人と人が魔女狩り的なことをして殺し殺されてる中、この大物の出演だぞ。一体監督は俺達にどういう感情を芽生えさせたかったのだろう。
ラスト、原作と同じように主人公は死に、親友がその死を見届ける。が、この映画はデビルマソなのでそこも一味違うのだ。
「あは、わらったー。明(主人公)がわらったー。あは。はは(神棒)」
キモいのである。ヤンデレキモ棒演技を見せられて僕は思ったね。死のうと。本当に疲れた。二時間の体感じゃない。ゴールド・エクスペリエンスに殴られたらこんな感じなのかなとかそういうことばかり考えていた。そのほうが有意義だからだ。
細かい部分はだいぶ端折ったが、あらすじはこんなところだ。話の内容を観てくれれば、デビルマンがどれだけ長い間愛され、そしてこの映画がどれだけ期待されていたかがわかるはずだ。当然ファンは激怒したし、原作を知らない人は憔悴した。疲弊した。そして伝説になった。これ以上聳え得る巻き糞はないだろう。
ではこの映画にいいところは無いのか?それは違う。10年程度前の邦画って点で言えばCGの出来はいい。小道具も悪くない。主演以外の演技だって見どころだ。CGと劇画を融合させた描画表現(ここだけは本当によかった)も興味深い試みだった。
何がクソか?
ひとつ、監督。もうこの世にはいない(神の意志だ)が、彼はなんと脚本を嫁に任せ、前述のとおり演技経験なしの素人を主演にした。学芸会ならまだしも、超大作の実写化でなんでそんなことができるんだ?東映も東映だが、監督も監督だ。可能ならこの映画が生まれる前にフィクサーを雇って彼を暗殺すべきだったと思う。
次に、脚本。原作いい部分をとことん無視し、可能な限り退屈で面白みのない脚本を作り上げた。加点方式でも減点方式でも0点だ。原作を知らない人はわけがわからないし、原作を知ってる人もわけがわからない、まさしく悪魔的脚本なんだ。間のとり方もおかしい。食い気味でセリフが挟まれたり、意味不明な感情表現。カンボジアのニュースでも観てるような気分にさせられる。
次はお前だ、主演。主演の演技の酷さは存分に語ったつもりだが、腹の虫が収まらない。何故演技経験0で依頼を承諾したのか?何故自信満々に挑発的態度で自己評価の高さを持ってして可能な限りファンを苛つかせたのか?(今思えばデーモンジョークだったのかも)何故「ジェット・リーを目指してる」と発言した割には三流以下のアクションなのか?この主演は本当にデーモンなんじゃないかと思えてくる。
如何だろうか?クソを生み出すクソ方程式から生まれたクソ、デビルマソに少しでも興味をもっていただけただろうか。冗談抜きに、僕が観た中では最低レベルの映画なので、これとゴッドファーザーとかを観ることで最低と最高を観たことになり、なんか、人としての幅が広がるんじゃないかな。広がらない。
最後に、デビルマンは素晴らしい作品だ。このゴミのおかげで逆に「やっぱ原作デビルマンって神だわ」と思える。いや知ってたが、やはり思い知らされる。そして、この映画には映画でやってはいけないことのその全てが詰まってる。反面教師だ。映画のタブーを正常位で犯しまくるこの映画を是非観て欲しい。そして僕と同じ苦しみを味わうがいい。僕からは以上!
2017年9月17日日曜日
【雑筆】書評ってどうなん
とりあえず目論見通りしょうもない雑筆で間を保たせてるビール腹の僕です。当たり前ですが好きなことを好きなように好き好んで話すので気軽さが無重力。いやあ、適当に話すのって、いいもんですね。なんで僕は書評ブログをやろうと思ったのだろう…。
僕はクソしょうもない顔面の分際で割と読書を好むので前評判としてレビューを探すことが多いもので。そいで僕みてぇなのもそれをやってみたいと思った次第です。人がやってるの見ると自分もやりたくなるじゃないすか。でもやってみたらあんまり楽しくないことが多いじゃないすか。今回もそうじゃないすか。一体何をしたらいいんすか(半ギレ)
ああでもないこうでもないと藻掻くのは今に始まったことではないので割愛。ていうかそもそも今時本読む人ってあんまりいないと思うのです。日本は世界的に見ても(意識高い系が好むワードその1)本の出版数が異常で、クソみたいな本でもガンガン売られてしまうわけです。そしてそれはブックオフに売られるわけです。絶対数が多い本というテーマを扱うのは非効率(意識高い系が好むワードその2)と言わざるをえない。
感想を書くってのは実はかなり難しかったりします。うまい飯を食ったあと「美味い!」以上の豊かなレトリック(意識高い系が好むワードその3)でその美味さを伝えるってのがまぁ難しいのです。たまにテレビで観るしょうもない食レポだって、自分でやろうとするとまぁ言葉が出てこないもんです。
映画もそう。僕は「ショーシャンクの空に」を観て前代未聞の大号泣を果たしたんですが、その感動を誰かに伝えようとしてもどこが、どのように、なぜ、面白かったと感じたかを説明するのが難しかったりします。っていうかしました。
ここまで書評やりたくねぇニュアンスをひしひしと伝えてきましたが多分書評をやめるわけではないです。多分。素直に感想を書きてぇ!とこの僕を思わせられる本があったら書くんじゃねぇすか。書くといいね。
そんなこんなで今回は書評ってものと向き合ってみました。お前はまず人生と向き合えって話なんですが、それを言われると秒で鬱になるので考えるのをやめました。それではまた。僕からは以上
2017年9月16日土曜日
【雑筆】北朝鮮の話とか
2017年9月15日金曜日
【雑筆】書評めっちゃ飽きない?
逆に飽きない方がやばい。というか読書感想文とか大嫌いだったじゃん、僕も貴様らも。
不相変読書は割と継続して習慣的に出来てるんだけど、やっぱ形式上そんなに砕けた文章でいくわけにもいかず、けれど僕のツイキャスとかツイッターのニュアンスとしてある種独特である、独特と思いたい、きっとそうだろう語り口筆致を活かせないもどかしさは頻繁に僕を苦しめるわけである。ハイボールマジうめぇなこれ。
そんなわけで、読書とその感想に関してはサブカテゴリとして格納するとして、普段はどうにか雑筆、随筆を書かせていただきてぇ所存。だってこうやってどうしようもないしょうもない筆致が一番落ち着くんですもの。
多分『意識高い系読書感想文』はサブカテゴリになって、このブログはなんかわかんねぇですね、多分無職のブログとか、ロン毛女装ホモのブログとか、なんかそういうタイトルになるんじゃねぇすか。兎に角フォロワーに叱咤激励された無職なので無意味でも無価値でもなんとか毎日更新していきたいと思ってる無職。
ツイッターで書けないような長文とか記事はこっち。戯言はツイッター。酔ってきたらツイキャス。昔みたいに動画をどっかに投稿することもあるかもしれません。しかしまぁ、どれもこれも黒歴史だな……
やりたことはたくさんあるけど、どれもそこそこ手付かずって感じです。ぜってぇ働かねぇ!っていう強い意志はあるけど、がんばるぞ!っていう強い意志はどこにもないわけで。なんとか苦痛なく行きていこうって目標はあるけど、苦痛や抑制がなければ快楽も薄れていくわけで。労働の後のビールは美味いもんで、永遠の夏休みは楽しいどころか精神疾患を患いますからね。
なんかこんな記事前にも書いた気がする僕of僕ですけども、このブログに限らず多分色々やっていきます。でも今は、なんか、スプラトゥーン2が楽しいので……なんならそれで記事書いてもいいかもな。毎日更新してなかったら叱ってください、デイリーToDoリストに書いとくよ。
そんじゃ今回はそこいらで。なんかあれだな、思ったよりブログってきっちーな。記事ってツイッターほど気楽じゃないってことを思い知ったこの無職です。えー、僕からは以上!