2021年9月5日日曜日

添削もせず、一瞬で短編を書く

 今日は私の晴れ舞台だ。この日のために見繕ったスーツを着て私は家を出た。とっくに日の落ちた道の、街灯の少ない場所を何度か往復していると、若い女性が携帯を操作しながら歩いてくるのが見えた。私はどくどくと唸る心臓を意識しながら、包丁を握りしめ、力いっぱい女を突き飛ばした。女は何か叫んだようであったが、私は気にも留めず、薄暗い中で肌色に見える部分を包丁で突き刺した。返り血は嘘のように暖かく、それは、生涯私に与えられることのなかった温もりのように感じられた。いつしか血しぶきは止み、そこには着飾り、化粧を施した、女の死体が冷たく横たわっていた。私は、幼少期に虫をいじめて遊んでいたら死んでしまった時のような虚無感を覚え、虚無感を振り払うために、裂けた女の下腹部へ手を入れた。まだ少し暖かい内臓の、恐らくは腸の少し奥に触れた時、私は初めて母なる慈愛を感じ取った。この時、私は初めて心の底から笑った。




これらは事実ですか。


はい。


何回目ですか。


一回目です。


なぜ、殺したのですか。


温もりを知りたかったからです。


この女性を知っていますか。


知りません。


何か言っておきたいことはありますか。


はい。どうか、どうか、聞いてください。

どうか、どうか、静かに、聴いてください。今まで、この時まで、ただの一度も私の話を聞いてくださる方はいませんでした。母も、クラスメイトも、同僚も、誰だって私の話を聞こうとはしませんでした。それどころか、私を気味が悪い、気持ち悪いと言って除け者にするか、無視するか……あるいは、石を投げつけてくるばかりでした。誰も私の話を聞こうとはしませんでした。誰も私と話したりはしませんでした。誰も私を認めてはくれませんでした。誰も私を愛してはくれませんでした。

虫の脚を、翅を千切るのが好きでした。僕の力で、僕よりも弱いものが苦しむ様が少し愉快だったのです。それ以外、到底楽しいことなどありはしませんでした。次第に動物相手にも、そうするようになりました。家の近所の山で虫や動物を見つけては、傷みつけて、ほんの少しだけ面白いと思う、ただそれだけでした。それ以外何一つ楽しいことはありませんでした。その時僕は、彼ら、彼女らの内側にも興味を抱くようになりました。僕を虐げる人達の皮膚を裂いたら、きっと鮮血が飛び、内臓が露わになり、ああ、誰もが苦悶の声を上げるのだろうか。それなら、虫も動物も人間も、僕も、誰も何も変わりはしない。どれだけ装ったって、繕ったって、内側はグロテスクな赤色や黒色ばかりなのだろう、と。大人になったら、きっとそれをこの目で確かめてやろうと、それだけを思って生きてきました。死ぬこと以外で考えていたのはそれだけでした。

結局……。結局手前らは、俺が女をバラしてやらなきゃ、俺の、俺の話なんか聞きはしない。きちがいだ、気持ち悪い、不気味だと言って遠ざけて、蹴って、殴って、それだけだ。母親でさえ俺を捨ててどこかへ行きやがった。こんな風に生まれたいだなんて思って生まれたわけじゃない、こんな風になりたいだなんて思ってこんな風になったわけじゃない。なのにみんな俺を無視しやがる。俺に優しかったのはあの女の鮮血だけだ、内臓だけだ!血に、内臓に触れることでしか快感を得られないなら俺はどうすればいい!そんな風に生まれたのか、そんな風になってしまったのは知らない、そうする以外どうしようもない俺はどうすればいい!きちがいは、異常者は、どうやって生きていけばいいんだ!社会なんざ、正常な人間の正常な人間による正常な人間のためのものなんだろう!ならこんな俺はどうすればいいんだ!



確かに受け取りました。私の知人の話をしましょう。私の知人は、今思えば、きっと、生まれ持った異常者でした。先天性の……肌色に覆われたその内側が見たくて見たくてたまらないと言っていました。彼は今、執刀医として非常に優秀な人材の一人です。友人は少ないですが、その技量は買われています。

他に何か、言いたいことはありますか。満足しましたか。



はい。





本当に、物騒なニュースばかりね。


母がそう呟いた。テレビはある殺人犯の手記を特集しているようだった。


女の人を殺す以外、楽しいことがないなんて、恐ろしいわ。


お母さん。それしか楽しいことがないなら、この人はどうすればいいの?この人は、どうすれば救われるの?


それは……。


話を聞いてあげるのよ。きっと、誰も彼の話を聞いてあげなかったのよ。あなたも、学校で何があったとか、サッカーの試合がどうだったとか、私に話してくれるでしょう?


うん。


そうしたら、それだけでけっこう、嬉しかったり、満足したりするのよ。私だって、あなたに自治会でのこととか、聞いてもらってるしね。


そうだね。


僕は、学校の授業で描いた家族の絵を手渡した。それは頭に脳を、身体に内臓を描いたものだった。母は、笑っていた。

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