2017年11月18日土曜日

【書評】何もかも憂鬱な夜に

何もかも憂鬱な夜に:中村文則
発行:2017年2月17日


憂鬱」の文字に反応し目をやったところ、『火花』などで知られるピースの又吉オススメ!て触れ込みだったので書店でなんとなく買って読んだ本。確か高校生という暗黒真っ只中な頃に読んで、思春期に淀んで行ったこころを力強く照らしてくれたのを覚えています。別に意識高い系とか無関係の本ですが、僕にとって本当に大切な本なので紹介させてください。


あらすじ

施設で育った刑務官の「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚・山井を担当している。一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定するが、山井はまだ語らない何かを隠している―。


どこか自分に似た山井と接する中で、「僕」が抱える、自殺した友人の記憶、大切な恩師とのやりとり、自分の中の混沌が描き出される。
芥川賞作家が重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説。 ※引用:Amason「何もかも憂鬱な夜に」


一見死刑制度を取り扱っているようにも見えますが、テーマ自体は至極単純。「死」「生」「性」です。ただ漠然とあらゆる生物に訪れる死と、ただ漠然と脈打つ生命、ただ漠然と了解する性にえげつないほど切り込み解剖します。


作中の受刑囚の佐久間の言葉

受刑囚から刑務官への言葉。

「あなたを見た時、惹かれましたよ。私はあなたのようなタイプの人間が、大好きです。若く、ゆらゆらと、揺れている。自分に不満を持ち、自分を恐れ、人生に飽き、自分がいつまでこうしていられるかを、不安に思っている……根拠もないのに」


考え方次第で自分を疑うことも、その未来をも疑うことができる。そして考え方次第でいくらでも不安に駆られる。ほとんど誰にでも突き刺さる言葉。受刑囚の言葉だからこそ重いというものです。


『僕』を救った恩師の言葉

飛び降り自殺をしようとした『僕』を救った施設長である恩師の言葉。

「お前は……アメーバみたいだったんだ。分かりやすく言えば」
「温度と水と光とか……他にも色々なものが合わさって、何か、妙なものができた。生き物だ。でもこれは、途方もない確率で成り立っている。奇跡といってもいい。何億年前の」
「その命が分裂して、何かを生むようになって……そして人間になった。何々時代、何々時代、を経て、今のお前に繋がったんだ。お前とその最初のアメーバは、一本の長い長い線で繋がってるんだ」
「これは凄まじい奇跡だ。アメーバとお前を繋ぐ何億年の線、その間には無数の生き物と人間がいる。どこかでその線が途切れていたら、何かでその連続が切れていたら、今のお前はいない。いいか、よく聞け」
「現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方も無い奇跡の連続、いいか?全て今のお前のためだけにあった、と考えていい」


今のために過去のあらゆる犠牲があり、あらゆる過去は現在に若かない。ちなみに生命が誕生する確率はプールに時計の部品を浮かべて勝手に時計が完成するくらいだそうです。その生命が自分にまで繋がってる、自分のためにあったっていうことは少し漠然とした力を与えてくれませんか?


「ベートーヴェンもバッハも知らない。シェークスピアを読んだこともなければ、カフカや安部公房の天才も知らない。ビル・エヴァンスのピアノも」
「黒澤明の映画もフェリーニも観たことがない。京都の寺院も、ゴッホもピカソもまだだろう」
「お前は、まだ何も知らない。この世界に、どれだけ素晴らしいものがあるかを。俺が言うものは、全部見ろ」

「自分以外の人間が考えたことを味わって、自分でも考えろ』あの人は、僕達によくそう言った。『考えることで、人間はどのようにでもなることができる、。……世界に何の意味もなかったとしても、人間はその意味を、自分でつくりだすことができる」


受刑囚佐久間の言葉とは対極の言葉。人の生み出す素晴らしい作品に触れることで人としての幅が広がり、様々な思考、発想が生まれます。そして本来無意味な命に意味を与えられるのです。よく人生は無意味だとか抜かす雑魚がいますが、それはそいつにとって無意味なだけでそう考えない人には意味がある人生なのです。なぜならそう考えるから。
ちなみにこの言葉は飛び降り自殺を止めてくれた『僕』の施設長が語った言葉です。可笑しな話ですが毎日死ぬことばかり考えていた自分に向けられた言葉のようにさえ感じられました。


本書には死、生、性に特に強く関わる人が登場します。また、その多くの人間はそれらに悩み苦しみます。僕にはどの人物の言葉もあまりに痛切で、読み終わった頃には本当に生まれ変わってしまったような気がしました。思春期に家族に、社会に、自分にさえ疑念を懐き、結局それらに決着をつける前に歳を重ねてしまった僕は本当の意味で漸く救われたのです。どこかぼんやりとした不安を抱え、死を待つように生きていた僕にとってこの本は聖書なんか目じゃないほど大切な本です。

0 件のコメント:

コメントを投稿